

2020年、人々がほとんど等しく、ドアの外側の世界を物理的な距離以上に遠い場所に感じていた。明日を想像できない。多くの時間を閉ざされた空間で過ごすことになった私たちが遠ざかってしまったのは、友人とテーブルを囲んでワインを酌み交わす穏やかな時間や、ドレスアップしてパーティに出かける刺激的な空間、あるいは、眠気まなこで電車に揺られる、その日々でもある。
決して悲観しているわけではないが、あの時の日常が、懐かしい記憶に変わろうともしていた。それは、一日の予定を思い描き、自身のワードローブと向き合い、何を着ようかと思案するひと時から離れることでもあった。しかし、忘れてはいけないことがある。ドレスアップの昂揚感を知っている人に今さらいうことではないが、ファッションは、私たちの心の動きかたに多大な影響を与えうるのだ。
10月7日、sacaiの2021年春夏コレクションのランウェイは、41の目を見張るルックとともに、私たちが忘れかけていた多くのことを呼び起こした。雨という過酷さの象徴は、奇しくも、sacaiのドレッシング、それを纏い、闊歩する人々の内面の強さを逆説的につまびらかにしたのだ。これこそ、アウラが宿るランウェイである。
「日常の上に成り立つデザイン」を標榜するsacaiの、絶対的な魅力のひとつは、あらゆるシチュエーション(そう、私たちが知っているあの時の日常)に美しくフィットし、女性の日常を順応に包み込むことだ。デザイナーの阿部千登勢自身が「着たい」と思えるリアリティを軸に生み出されるのは、ふたつとないエレガンスとカジュアルな質感のシームレスな調和。世界中の女性に愛される理由である。
会場となった杉本博司が設計した江之浦測候所は、大自然がおりなすランドスケープと耽美的なアーキテクトの、類まれな調和によってつくり出された場所である。言い換えると、自然と人工が、火花を散らすことなく、美しく共生することを証明した唯一無二なモデルケースである。衣服の記号性、ジェンダーの概念、具体的なファブリックやディテール――意外性のあるもの同士を融合させ、伝統的な固定観念をアップデートする“ハイブリッド”なデザインアプローチをさらに推し進めた今季のsacaiのコレクションが披露される場として、これほどふさわしいところはなかったに違いない。
ファッションが時代精神(ツァイガイスト)とともにあるとすれば、時代の転換期には新しい創造力が発揮されるのだ。戦後も、世界恐慌の後も、ファッションデザイナーは人々が心の底で求めている希望を目に見えるかたちに込めてきた。ゆえに、ファッションクリエイションの担い手にとって、創り続けることは、性であり、日常である。雨のランウェイを、あらゆるアングルから観て欲しい。個人に宿る創造力は決して枯渇することがないこと、激動の時代にさえ抗う普遍性を内包した美しさが存在することを、再構築されたプロポーション、風をはらむプリーツスカートや躍動するフリンジとともに、稀代のデザイナーは晴れやかに宣言している。これは、豊麗なエンパワーメントである。
コレクションで光を当てた、sadeの楽曲のリリックには「You gave me the kiss of life」とある。誤解は恐れない。少し先の未来を想像する、灯台のようなクリエイションとは、きっと、生命力のあらわれなのだ。1999年にたった5着のニットウェアを自宅の一室で発表し、インディペンデントなスタイルを貫きながら11年ものあいだパリで喝采を浴び続け、日本でゲストを恍惚とさせるショーを敢行した、sacaiのことである。
On 7th October, sacai's spring/summer 2021 runway collection, with 41 eye-popping looks, evoked a great number of things that were almost forgotten. The symbolism of the harshness of the rain, paradoxically implied the inner strength of sacai's outfits, and the models who wore them and walked around in them. That is the runway show where AURA dwells.
Therefore, for creators in the fashion industry, continuing to create is a form of nature, a form of daily life. I want you to see the rainy runway from every angle. With reconstructed proportions, wind-swept pleated skirts and vibrant fringes, the exceptional designer radiantly showed that the creative power of the individual is never exhausted and there is a beauty contained universality that resists even turbulent era. It is a rich and bountiful empowerment.
The lyrics from a Sade song, which played throughout the show, said "You gave me the kiss of life". I dare to say that creation like a lighthouse that makes us imagine the near future is surely an expression of such vitality: in 1999, a woman, who held an exhibition with only five knitwear pieces in a room in her flat, has kept pursuing the independent style that has garnered high acclaim in Paris for eleven years, and showed collection in Japan which made many guests enchanted. That is sacai.





sacai 2021 Spring & Summer collection
デザイナー阿部千登勢は、日常のワードローブのアーキタイプを出発点として彼女のデザインのシグネチャーであるハイブリッドで、女性らしさ、エレガント、クチュールのようなテクニックの要素をメンズのスーツ生地と共につなぎ合わせる。英国のレジェンダリーシンガーSadeの持つ女性らしさ、強さ、柔らかながら魅惑的なパワーから得た要素がコレクションのスタイリングとショーの音楽に落とし込まれ、特に代表的な楽曲「Kiss of Life」を通じてピュアな愛を伝える。プロポーションを再構築し、「ドレス」の表現する女性らしさとパワーを称賛。なじみのあるアイテムを新たな方程式で再提案。コレクションは、一日の始まりをドレスのアティチュードでゆったりと着用したパジャマで迎える。小さく縮ませたジャケット + エクストラオーバーサイズのパンツ + バンドゥーの要素として再解釈されたベルト、複数のピースを「ひとつ」のアイテムとして見せるこの提案は、阿部がコレクション全体に繰り返し使う手法である。新しいシェイプは、伝統的なドレスづくりの方法論でなじみのあるフォルムにクチュールのテクニックを使用。ソフトでゆったりとルースな折り目とプリーツ、また現代のユーティリティファブリケーションであるMA-1と融合したニットウエア、トレンチのディテールは、ドレスのスカートのパーツへと再構築される。

















